LT初心者に向けた文章を……と意気込んで筆を執ったはいいが、社外LTイベントの初登壇はもう6年前、社内での発表をやり始めたのはさらに昔のことであり、ちっとも覚えていない。こちとらベテランでございなどと天狗になれるほどの経験と腕前があるわけでも、初心者の気持ちがよくわかるわけでもない(まぁ、それでもちょっとしたハウツーは「スライドにストーリーを」に詳細に書いたので、そちらも読んでほしい)。
さて困ったと頭を悩ませたが、これも巡り合わせというのか、最近初心者の立場で登壇し、新鮮な気持ちを味わう機会があった。このときの話を書き綴ってみよう。
エンジニアとして海外カンファレンスに行くのは嗜みであり趣味でもあるが、まさか登壇まですることになるとは……と、Agile Testing Days 2023 1 の登壇者に選ばれたという通知に目を通しながら思った。当日のライブ登壇ではなく事前録画が放映されるだけの登壇だが、この世界最大規模のアジャイルテスティングのカンファレンスでは初の日本人登壇者らしい。無謀でもいいからチャレンジするんだと応募したからこそ、得られたチャンスである。
だが、かっこいいことを言っても無謀なことに変わりはない。国際カンファレンスなのだから25分間のトークはもちろん英語で行われる。テーマは「Mastering Windows Theory in Software Development(ソフトウェア開発における割れ窓理論講座)」というものである。見るからに難易度が高い。我ながらどうしてちゃんとできたのかわからない。
このときの経験を思い出すと、まるで登壇初心者に戻ってしまったかのようだった。ともかく不安で、スライドを作るのにもえらく時間がかかり、英語での登壇動画の撮影も3テイクくらいした(本当はもっとするべきだったが、言葉に詰まっている部分をカットするなどして「まぁ、聞ける」というレベルにして切り上げた)。編集を終えて動画を送ることができたのは締め切り当日だった。メールを送信した直後の、張りつめた緊張がほどけたときの気持ちは言葉にできない。
スライドをご覧いただけるとわかるが、いつものスライドよりも圧倒的に文字が多い。書いてある文字を読むのは登壇者にとって楽なので、不安が強い登壇のスライドは文字が多くなってしまうのだが、その傾向が顕著に出ている。
専門とするソフトウェア品質とアジャイル開発の領域の知識を生かしつつ、以前色々と調べたときの資料と、業務の一環で「割れ窓ゼロ活動」を推進していたので、それらを頼りにスライドを仕上げた。そのスライドはSpeakerDeckで公開されているので、もしよかったら眺めてみてほしい。https://speakerdeck.com/mkwrd/231116-atd-mastering-broken-windows-theory-in-software-development
出来上がったビデオをざっと見直して、なんとも下手くそな英語だなと肩を落とした。ほとんど1単語1単語、順番に発音しているようなスピーキングである。緊張で表情はガチガチ、瞳孔も開いている。心理学でいう「闘争・逃走反応」がありありと出ていた。顔はまずいが、しかし、声だけは良い。はっきり喋るということだけはクリアしていた。とりあえず「伝えるんだ」という気概だけは示すことができたと思う。
LT初心者に贈ることのできるアドバイスが、ようやく見つかった。そう、LT初心者が本当に一番大事にするべきは「声」なのである。
「人は見た目が9割」といって、目で見えるもの(55%)・耳で聞こえること(38%)が、人間の判断の93%を占めるらしい(健康診断で視覚や聴覚の検査をパスできる方の場合で、個人差がある)。プレゼンの要素で考えると、登壇者の立ち姿がちゃんとしているかといった見た目と、声がはっきり聞き取りやすいかの2つが非常に重要である。スライドの内容は二の次・三の次でいい(スライドのデザインは文字が大きく見やすい方が断然良いけれど、この記事では登壇者のことだけに話を絞ろう)。仮に内容がありふれたものでも、登壇者の背筋が伸びていて、明瞭に喋っていれば、聞き手にはちゃんと届く。
立ち姿と声の両方をしっかりすることなんてできない!という場合、声だけは負けないこと。これは繰り返し伝えたい。ボソボソ話す登壇者を見ると、プレゼンの場がつらいものになる。登壇者にとってもつらいし、聞いている人もいたたまれない。プレゼントは何か。プレゼンは「自分が話す場」であると同時に「相手に聞いてもらう場」である。ゆめゆめ、その原理原則だけは外さないことが大切だ。
ぼくは声を張って登壇するタイプだ。それは毎回非常に緊張しているからである。その緊張を張った声で吹き飛ばすイメージを持っている。最初に「みなさんこんにちはー!」と言うだけで、全然違う。「……あ……では……えー……はじめます……」というのでは、その登壇はもっと苦しくもっと恥ずかしくなる。壇上では堂々とすること。
はっきり発声したい方への、ワンポイントアドバイス。口を縦に開き、遠くに音を飛ばすように発声してみよう。「あ行」が一番発生しやすい。「い行」は口を横に広げて普段発音されるので、縦に広げる意識をしすぎると話しにくくなってしまう。登壇前に口を開けたり閉じたりしてアゴの筋肉を少し緩めるのも効果的だ。滑舌練習を調べて実践するのも、直前の短時間で効果を発揮するからおすすめしたい。あえいおう・うおあえい。あえいうえおあお。あめんぼあかいなあいうえお……。
はっきりした発声だけで、ぼくは初の日本人登壇者の大舞台を、英語オンリーで乗り切った。内容は不足しているし、単語の選択は常に適切だったわけでもないし、何度も文法から逸脱していたことを言っていた。本当に、ネガティブになるとキリがないほど「ダメダメポイント」が出てくる。声を張ったこと、ただその1点を除いては。
ぼくの英語での登壇を聞いた参加者(当然、ほぼ全員外国人)の中には「内容が無いなぁ」と感想を持つ方もいるだろう。席を立つ方もいるだろう。でも「言いたいことは理解できた、なるほどね」と思ってくれる方もいらっしゃるに違いない。ひとりでも多く、そういう方にプレゼンを届けるのは「声」の力だ。
全員に嘲笑されても、どうにでもなる。これはどんな登壇でも同じだ。LT初心者の皆さんもぜひそう信じて、まずは声を張って語りかけることから始めてみよう。
LT初心者のあなたと同じくらい初心者レベルであるぼくの英語も、ここからレベルアップしていく。たくさんの外国人の前で、日本でやるのと同じようにリラックスして言葉を紡ぎ、心をも動かす立派な発表だって、そのうちできるだろう。
そうできるようになる自信はあるのかって?
自信は無い。あとからついてくる。
Footnotes
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毎年11月にドイツのポツダムで行われる国際カンファレンス。https://agiletestingdays.com/ ↩